今ベストセラーになっている本でオーストラリア人が書いた本(タイ語)があります。日本でも似たような本がありましたが言ってみれば「青い目が見たタイ国(本題はムアング.タイ ナイ サイター.ポム)」でしょうか。その中に彼がタイ人の行為に驚いたエピソードが載っています。それを読むと国や環境が違えば考え方も性格も違うものだと実感します。日本人も含め外から来た人間は自分の国の常識で現地の人を見ます。そしてそこから逸脱する行為は悪ければ非常識だと思ってしまいます。良ければどうでしょうか?
・話し1
・話し2
あるアメリカ青年がタイの北部を旅行中のことです。彼はある店で買いたいものがありました。店の前にはもう5、6人が列を作っていました。彼もその列の後ろに並び順番を待っていました。 列のみんなは長く待たされたのでしょう。アメリカ人も長く待ったのかもしれません。
列中の1人がイスを持って来ました。しかし自分で座るのではなくアメリカ青年に座るよう勧めました。アメリカの青年は「アメリカでこんな話はありえない。」と言って驚いたそうです。
オーストラリア人がスーパーで買い物をしていたときの話しです。買い物をいれるカゴが見つからなかったのかカゴ無しでいろいろな物を買っていたそうです。そうのち両手いっぱいに品物がなってしまいました。 気づくと1人のタイ人が近くによってきてジロジロ見ています。「このやろう、何を見ているんだ。」と怒鳴ろうかと思っているとどこかに行ってしまいました。そして1分後彼は「これがあった方がいいでしょう」とカゴを彼に渡してくれたそうです。彼もこんなことオーストラリアではありえないと感動しました。
この話しを聞いてイスを持ってきてくれたのは外人と話したかったのだろうとか、カゴを持って来たのはお金持ちと友達にでもなりたかったではないのか言う人もいます。
彼らは自分の固定観念でものを見ているのかもしれません。このタイ人たちがどのような考えでこの行為に及んだかは我々にはわかりません。いろいろ言っても結論はでません。しかし相手のことを考えた”行い”であることは間違いないでしょう。
ここでは良い話しだけを取り上げましたがもちろん悪い話しもあります。良いも悪いも含めて我々に彼らが理解できるでしょうか。
ある人曰く「タイの犬を見たことがあるだろう。歩道の真ん中で堂々と昼寝している。車道で寝ているものもいる。日本じゃ有り得ない。犬でさえ全く”生き方”が違っている。人も同じじゃないのかなあ。四季のある土地で育った者、常に作物や果物がなる常夏に育った者とでは考え方も生き方も違って来るものじゃないのかしら。日本の犬がタイに来たら道路で寝るなんて非常識だと言うかもしれないね。」
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