タイにいると外国のいろいろなニュース番組が目に入る。同じニュースを扱っていても国によって放送内容は違ってくる。ときおりそれを比べるのは面白い。しかし日本のニュース放送を見て気づくことがある。アジアの人権問題に関するニュースがあると外国のそれと比べると扱いが極端に小さかったりまた無いのである。
今マレーシアでマハティール氏に反対し警察に捕まって拷問を受けたアンワール元副首相(彼は汚職の罪で逮捕されたが無実だと言っている)の件はタイでも第一面で取り上げられオーストラリア放送ではオーストラリア首相のコメントを放送している。フィリッピン大統領はアンワール氏を私の友人と呼びマレーシア政府を非難している。
カンボジア選挙のときのフンセン陣営の反対勢力への脅迫やインドネシアの暴動で起こった中国人への無差別的なレイプや暴行事件(これはホンコンや東南アジアの中国人はインドネシア人の暴挙に対し抗議し始めている)、日本の報道は全て扱いが極端に小さく感じられるのだ。
それは人権問題に対し日本人はまるで関心を示していないようにさえ映ってくる。日本の報道は規制されているとしか私には思えないのだがどうしてだろうか。私だけの考えかもしれないが第二次世界大戦で行なった日本の人権を無視した行動(慰安婦問題など)が尾を引いているのではあるまいか。
このことに口を出すと墓穴を掘ることになるのであろう。「自分が過去にやったことは誤りもせずいけしゃあしゃあと何を言うのか」と言うことになる。
しかし何も言わなければ良いのであろうか。「悪いことをやっている人を見て黙認しているとその人と同じことをやっていることになる。」「いじめている生徒を黙認することはいじめていることと同じだ。」と日本の知識人は言っていません?
今度のマレーシアのAPECでアメリカはアンワール氏の問題に触れるであろう。このとき日本の冷めたピザは何を言ってくれるであろうか。日本はどう報道するのであろうか。日本人は”考え意見のない民族”と思われてしまわないことを祈ります。
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