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友人のオフィスからタイの小学校の校庭が見える。そこから校庭の授業や生徒たちを見ているとおもしろい。 ある日先生たちが校庭に生徒を整列させ、その前で運動会の玉入のようなもののやり方を説明していた。各列の前で代表の生徒たちにデモンストレーションをやらせて説明をしていた。しかし後ろの生徒たちには全く見えない。 見ていると、しばらくするとこの生徒たちはデモンステレーションを見るため自主的に(悪く言えば自分勝手に)列を乱して前にぞろぞろと集まり始めた。先生は別に注意もしない。 日本だったらどうであろうか。多分教師が許可するまで列を乱さないであろうし、列を乱しても教師の許可を得るだろう。 またあるときこの小学校で親たちを招いて体育祭モドキを開いていた。だいたいタイは時間通りにことが運ばないことが多いのだがその日のサッカーの試合が昼休みに食い込んでいた。 試合をやってはいるが生徒はほとんど昼休みのようだ。生徒は誰も見ていない。しかし試合をしている生徒は一生懸命だ。そのとき驚いたのは女子の生徒の何人かが試合中のコートの真ん中をどうどうと横切り始めたのだ。 どうなるか興味を持って見ていたが審判の先生も注意するようすもないし、試合を中断するようすもない。女の子の前をボールが横切っていくが試合をやっている生徒たちはいっこうに気をかけていない。 日本だったら昼休みにはサッカーの試合を中断するかもしれない。また試合中にコートを横断したらしかりつけるかもしれない。 普通日本人はこのデタラメさに驚くであろう。しかし全くトラブルが発生していない。お互いが自分のやりたいことをやっている。全くルールがないようだ。私見かもしれないがタイ人はルール通り、時間通りに事が運ばなくてもあまり気にしない。 「だいたいルールと言うものは人間が作ったものだからその通りに事が運ばないこともあるのだ。うまくいかなくなったらお互い自分勝手なことをやっても仕方ないことなのだ。出来るだけ許し合えばうまく行くのだ。」これがタイ人の「マイ.ペン.ライ」(日本語では”気にしないで”と訳されている。)の精神だろうか。 日本人はルールなどの約束事を異常なまできちんと守る国民だ。行政の規則や学校の規則ばかりでなく社会の暗黙の規則まで守っていく。例えば企業に勤める人たちがやる必要なない残業を他人が残業しているから自分もやるなどだ。本当に生きるのが窮屈だ。 ひょっとすると多くの日本人がタイを好きになる理由は「マイ.ペン.ライ」の精神にあるのかもしれない。 |
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