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ついに反タクシンとして組織されたPAD(People's Alliance DEmocracy) が警察の鎮圧部隊と衝突を起こしてしまった。しかしながらこの政治ドラマの終編の幕引きはまだのようだ。ここでのポイントは行き詰まりで起こった警察の行動の結果が反政府で集まった民衆の心を変えることは出来なかったことかもしれない。
PAD側と政府側両方には強い支持者たちが残っている。彼らはタイ社会を沈静化することなど考えていない。単純に敵か見方かを分けている。敵の言葉には全く耳をかさないという状態がエスカレートして、メディアでもその様子が流れてくる。
PADは政府の放送機関となっているNBT(National Broadcastiong of Thailand)を襲撃し占拠してしまった。NBT
はタクシン氏のタイ愛国党の親派ではなかったが政府の政策プログラムを放送していた。サマック首相は米国のようにどちらが本当にタイ国民をサポートしているかを放送で訴えていた。少なくとも「政治ヤクザによって政府が転覆させられようとしている」と同情を得ていたようだ。
実際、サマック首相は彼が酷評されているようなことはしていないことを証明していた。彼の反対サイドのメディアや人々への呼びかけは明らかに失敗していたが、彼が法律に則って行動しているということに関してのアピールは成功していた。
そういう中で多くの反政府デモの人間は彼らが首相官邸を襲えば大きな波が彼らの方向へ来ると信じ初めていた。ある者は1973年10月14日ラチャダムヌーン通りで行われたの独裁者タノム首相とプラパス元帥への抗議デモと結び付けていた。ある者はフィリッピンのマルコス大統領を民衆が追い出したような1986年のサクセスストーリを描いてていた。
衝突があったにも関わらずNida大学ソムバット教授は現政府がデモを一掃することより法的手段で取り組む限りこの政治のこう着状態が続くだろうと考えている。「これは政治の戦いだ。PADは非合法的手段を取ったがこれが自然だ。しかしこの行為は決して人権に対する違法行為ではなかろう。マハティール ガンジも英国との戦いで英国法を破って戦っていた。」
政府の発表したPADリーダーたちへの反乱罪は早過ぎたかもしれない。しかし政府が彼らに大きな処罰を課したことは理解できると彼は言う。抗議者たちは裁判所で自らを弁護しなければならなくなるだろう。
ソムバット教授はPADの今回の行動で社会では彼らと異なる意見が多く出て来たことにPADの敗北を認めている。多くが首相官邸への襲撃をPADに正しい理由があったとは考えていない。「多くの者はこの強襲を正当なものだとは認めていない。もしPADがサマック政府を転覆したいのであればカンボジアと起こった国境問題などで弾みをつけて政府への抗議を強めて行くべきであった。」と彼は言う。
PADが法を破り、幾つかの人々の権利を踏みつけているときソムバット教授は言っていた。「タイ国民はもっと広い観点からものを見るべきだ。PAD以外に広くまたは強く政治活動を行うグループはいない。PADは将来のタイの政治改革に対するチェックするものとして、釣り合いを保つものとして行動している。PADは多くの支持者たちを持ち、一番大きな組織であり、汚職政治と戦い続けている。」
いく人かのの学者たちは同じ意見を言っている。「彼らの活動は保護されるべきだ。リーダーの導きが政治的に危険で欠陥があるとしてもだ。」
「政府への反対意見を持つ権利のコンセプトは守られるべきだ。もっとも大事なことは異見を省くため暴力を扇動しないことだ。」過去に民主主義活動をしていたリーダーの1人は言う。
この点においてPADと政府はお互い攻撃し合っているが自制の点では政府側により多くの自制が求められているようだ。
タマサート大学政治科学のプラジャック教授言う「PADのリーダーは行動の責任を背負わなければいけない。彼らは衝突に導くようなことをすべきではなかった。」
「市民としての反抗は礼節をもって行われるべきものだ。貧困者の組織が国会や議会を包囲したときなどはリーダーたちは政府から出される逮捕状に直面しなければならない。ガンジーは法を犯すとき警察に捕まることを覚悟していた。」プラジャック教授言う。
前国家安全副司令だったパンロップ将軍がPADの擁護に現れたことがPADをだんだんとうさん臭い存在にしてきている。「PADが最近暴力的な戦力に訴えてきたことはがっかりさせられるし、残念なことだ。これは道理にかなっていない。パンロップ将軍の関与は彼らの戦略が戦争のようになってしまうような気がする。」プラジャック教授言う。この将軍は5年前南部タイで起こったクルセモスクで起こったモスリム反政府ゲリラ一掃で指揮していた。
PADはサマック政府を追い出した後70%を指名制で30%を選挙で選ぶ新しい民主主義制度の導入を主張している。これに多くの外国または知識人たちは不安を持っている。
「70対30の提案は明らかを民主政治は後退させる。もし選挙に欠陥があるのならそれを直し、良いシステムを導入していけば良い。我々は圧倒的に強い政党ばかりでは無く選挙チェックと社会均衡を保つ機構が必要だった。しかしクーデター期間その組織が出来ず、そのまま新憲法発行と総選挙が行われた。それ以降、我々は政治的に時限爆弾を持ちつづけている。」
「今原則に立ち返り法を守ることを普及するときだ。PADが負けようが勝利しようがそれは終わりを意味しない。人々の活動はまた再生して来る。まだまだ多くのことを学び、多くのことを為していかなければならない。」彼は言う。
同じようにヨーロッパの外交官たちはタイ社会は学び取るまで我慢しなければならないと見ている。そうすれば公正な再判断で正しい道を取れるようになる。「法がすでに執行されている。何故PADは対立を触媒のように使い行動する必要があるのであろうか?社会体制を変革させる方法は必ず民主主義手段を用いるべきではないのか?外交官たちは今の政治の現状を2年前に起こった軍事クーデターから続いている市民クーデターのようなものだと言っていた。
「PADのコアとなるサポーターたちは1人の人間タクシン氏を嫌って熱くなっている。これは健全ではなかろう。選挙で選ばれた政府をあたかも自分たちが国民大多数の代表だと言って大通りで騒いで倒すのは不愉快であるし残念なことだ。」
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