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8月26日放送局NBTを反政府デモ隊が押し入った。訴えでは拳銃や長身のナイフを携帯していた者もいたと言う。これは人権と言論の自由を守るグループに警戒信号を与えた。但し、このNBT襲撃でメディアに対する暴行などは発生していない。
この抗議行動はPAD(民主主義共同体)によって計画され、政府の発表を早く伝える役割を持っていたNBTが押し入られた。そしてそれと共に国の主要道路が彼らにより閉鎖された。この襲撃は信じられない行為として見えた。なんとバンコク市民と中産階級のタイ人に人気のある反政府グループによって行われたのだから。
PADは常にサポータに言っていた。自分たちは政府への抗議行動で暴力は使わない。しかし今ではこの静の行動では現政権を終わりにすることが出来ないと主張している。
PADを常に見ていたチュラロンコーン大学政治科科ピントップタン教授はこの共同体は構造的憎しみを植え付けられ、タイ社会を分裂させる点では前首相タクシン以上に悪いと言っている。先月のタイポストのインタービューで彼はPADは超国家主義活動グループになってしまったと述べている。
PADの現在の行動は1970年民主主義運動家を粉砕しようとして右翼軍事家が使った戦術、つまり同じ民主主義を名乗るグループを雇い入れ、活動を止めようとした戦術に似ていると彼は言っている。
1976年10月6日タマサート大学近くで学生活動家がそのグループのリンチに合っている。
PADによって敵だと見られたものたちは泥棒とか強盗と同じに見られ、それゆえ彼らの批判者に対し脅しを加える者がグループの適格者だと見られるのである。事実ピントップタン教授の批判が記事になるや翌日PADの演説舞台では彼を単に人気取りにAOP(貧困者組織委員会)で働いていただけの男だとけなしている。
タイの法律でも国連の市民の政治参加の規約でも平和的な活動であればグループを作ることは許されている。基本的な表現の自由もある。しかしながら彼らは政府を襲撃し力を持って従わせようとしている。これは国際社会の基本的人権の尊重にに矛盾してはいないのか?
PADを見ると彼らは2006年タクシン政権のときのように参加グループは幅広くない。PADに参加する市民活動グループは2,3グループになってしまった。その中には広い支持層を持つAOP、NGOそしてSFT(学生タイランド協会)などは無い。SFTは今年初めPADの活動に不満を言っていた。
これはもはやPADが国民の福祉関係などの問題を全く発しなくなったためだ。政府はTVで自由貿易に対する話、タイ南部タクバイの人権に対する話、タクシン時代から続く麻薬問題などを話して、それに市民は感心を寄せている。また福祉政策と同様に経済政策に関係することなどもTVで発表されている。
PADが発している問題は貧困者問題でも少数グループが迫害されていると言う問題でもない。多くの社会評論家が言っているがPADの主要リーダーたちは民主主義の選挙で選ばれた現政権をタクシン政権の傀儡でしかないとして彼らの復讐を恐れ、それを除きたいのだ。
PADのソンティが最近したインタビューでもはっきり分かる。彼は軍クーデターが再度起こっても、民主主義を目指すゴールの過程として彼は考え、非難しないだろう。
今我々は民主主義政治の開発途上の重要な曲がり角にいる。2006年のクーデターでは政治に最小限の軍関係者を入れ、民主主義が機能するよう試みられた。そして今、我々が希望するのはPADによる間違ったキャンペインがタイ民主主義をデッドロックに陥れないようにすることだ。民主主義への誤った近道が合法化へ向かっている。
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